シングルマザーだった妻と再婚して、今年でちょうど10年。
独身時代と比べて一番変わったのは、僕自身の「幸せの感度」かもしれない。 「当たり前の日常」がいかに奇跡的で、尊いものか。 彼女と暮らす中で、それを痛いほど教わりました。
10年経った今だからこそ思う、「支えているつもりで、実は支えられていた」という話を少しだけ。

寂しくはなかったけれど、張り詰めていた
私は再婚する前、シングルファザーとして子供たちと暮らしていました。
「男手一つで大変でしょう」とよく言われましたが、正直なところ、寂しさは微塵もなかった。 家にはいつも子供たちの声があり、生活は賑やかで、生きる張り合いに満ちていましたから。
ただ、ふとした瞬間に「大人の話し相手」が猛烈に欲しくなる事があったんです。
子供は守るべき存在ですが、対等な相談相手ではありません。 進路のこと、お金のこと、将来のこと。 すべての決断を、私一人で下さなければならない。
誰にも弱音を吐けず、全部ひとりで背負わなきゃいけない。 あの、心のどこかがずっと張り詰めているような感覚。
「誰かにちょっと聞いてほしい」 「これでいいのかなと、背中を押してほしい」
そんな、大人の会話に飢えていた自分が、心のどこかにいたのも事実です。

玄関で交わす、たった5秒の救い
そして今、再婚して10年。 共働きの私たちは、毎朝慌ただしく一日を始めます。
バタバタと準備をして、玄関に向かう。 そこで交わされる、短い言葉。
「行ってらっしゃい」 「気をつけてね」 「おかえり」 「お疲れ様」
何気ない、本当に何でもないやり取りです。 でも、私はこの一瞬を、「決して当たり前だと思わないようにしよう」と心に決めています。
かつて、一人で決断し、一人で抱え込んでいたあの日々を思うと、 「行ってらっしゃい」と言ってくれる人がいること、 「ただいま」と扉を開ければ、明かりがついていること。
それがどれほど、張り詰めた大人の心を緩めてくれるか。 解決策なんていらないんです。ただ、言葉を交わせる「対等なパートナー」がそこにいる。 それだけで、男はまた明日も重い鞄を持って、仕事に向かうことができる。
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「今さら」と諦めなくてよかった
結婚当初、私は彼女と連れ子に対して「僕がこの家族を支えていくんだ」「幸せにするんだ」と、どこか気負っていました。
でも10年経った今、改めて思います。 孤独な責任感から解放してくれたのは、紛れもなく彼女の方でした。 支えているつもりで、実は彼女の強さと、何気ない優しさに、僕の方がずっと支えられていたんです。
当時37歳。「もうすぐ40代」というタイミングで、また一から新しい出会いを探すのは、正直なところ億劫でした。 「また失敗するんじゃないか」「今さら傷つきたくない」 そんな不安も、もちろんありました。
それから10数年の月日が経過し、あの時の行動した自分を褒めてあげたいです、こんな豊かな人生が未来に有るとは思いもしませんでした。

勇気なんて、そんな大げさなものじゃなくていいんです。 ただ『知ってみる』。それだけのことで、明日の景色が少しだけ変わるかもしれません。 10年前の私が、そうだったように。
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