今でこそ妻と穏やかに暮らしていますが、10年前、37歳でシングルファザーになった当時の僕は必死でした。 「子供のために、早く新しい母親を見つけなければ」 そんな焦りから婚活を始め、最初に交際したのが、一度も結婚歴のない「初婚」の女性でした。
今日は、その時に痛感した「埋められないズレ」と、そこから学んだことについて書きます。
「子供を守る必死さ」と「恋人になりたい願望」の衝突
彼女はとても素敵な人で、僕の子供たちのことも気にかけてくれました。 しかし、時間が経つにつれて、決定的な違いが浮き彫りになりました。
例えば、デートの当日に子供が熱を出した時。 僕にとっては「看病」が最優先の緊急事態です。しかし、彼女にとっては「楽しみにしていた予定のキャンセル」でしかありません。
「大丈夫、行ってあげて」 口ではそう言ってくれますが、その表情に浮かぶ寂しさや、わずかな失望を見て見ぬふりはできませんでした。
- 僕:「子供を守らなきゃ」という親としての必死さ。
- 彼女:「恋人として私を見てほしい」という当然の願望。
どちらも間違っていません。ただ、立っている場所が違いすぎました。 「彼女に我慢をさせている」という罪悪感に勝てず、結局お別れすることになりました。
改札越しの景色で気づいた「頑張らなくていい」関係
「もう誰とも一緒になれないんじゃないか」 そう落ち込んでいた時に出会ったのが、今の妻(当時シングルマザー)です。
彼女と初めて会った時の光景を、今でも鮮明に覚えています。 駅のホームから改札の方へ、笑顔で歩いてくる女性。その横で手を繋ぎ、ちょこんと静かに寄り添っている小さな少女(今の次女)。
その二人を見た瞬間、不思議と肩の力が抜けました。 「ああ、この人は僕と同じ景色を見ているんだ」
彼女との関係は、最初から**「頑張らなくていい」**ものでした。 子供が急に熱を出しても、返ってくるのは「あるある、大変だよね。お大事に!」という軽い一言だけ。 デートがお洒落なレストランじゃなくて、子供連れの公園でも、心から楽しめる。
そう思えた瞬間、僕の中で「再婚への焦り」が「安心」に変わったのを覚えています。
【再婚10年】分不相応だった10年前のブルガリ。今日、同じ店で「追いついた」話

最後に
もしあなたが今、婚活で疲れを感じているなら、もしかしたら「頑張る場所」が少しズレているだけかもしれません。 僕の場合、相手への条件を「子供を受け入れてくれる人」から「同じ景色を見ている人(=最初から親である人)」に変えただけで、道が開けました。
勇気を出して、環境を少し変えてみる。 それだけで、出会う相手は驚くほど変わるかもしれません。
あの日、駅の改札で彼女と娘さんの姿を見た時、僕が感じた安堵感。 あれから10年が経ち、50歳を目前にした今だからこそ分かりますが、あの直感は間違っていませんでした。
結婚は、ドキドキする時間より、肩の力を抜いて過ごす時間の方が圧倒的に長いからです。 「頑張らなくていい相手」を選ぶこと。それが、10年後のあなた自身を救う一番の選択になるはずです。
勇気なんて、そんな大げさなものじゃなくていいんです。 ただ『知ってみる』。それだけのことで、明日の景色が少しだけ変わるかもしれません。 10年前の私が、そうだったように。


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