1. 普段は怒らない僕が決めた「小学生までのルール」
僕たち夫婦には3人の子供がいますが、家ではめったに怒りません。 子供を一人の「人格」として見ているので、頭ごなしに命令するのは違うと思っているからです。
でも、子供たちが小学生の間だけは、「これだけは絶対に許さない」と決めて、厳しく叱ったことが2つだけあります。
- 弱い者いじめをすること
- 人のものを盗むこと
理由は「道徳だから」といったきれいごとではありません。 「それをすると、将来お前たちが『愛され上手』になれなくて損をするから」です。
社会に出た時、人を大事にできない人間は、誰からも大事にされません。 親として、子供が将来「誰からも愛されない大人」になることだけは、全力で阻止しなければなりませんでした。
2. 中学生からは「逃げ道」を用意する
子供たちが中学生になり、世界が広がってからは、叱ることをシフトチェンジしました。 「親に怒られるからやらない」という動機では、親の目がないところで平気でルールを破るようになるからです。
「それはしたらアカンこと」と自分で気づかせるために、僕は口癖のようにこう伝え続けました。
「何かダメなことをして、自分の中に『罪悪感』がある時は、心配してる親がおることを忘れたらアカンよ」
そして、必ずこう付け加えました。
「いつでも助けてあげるし、どんな時でも、たとえ間違ってても味方になるから。正直に相談しておいで」

人間なんて、嘘をつく生き物です。品行方正じゃなくていい。 でも、何かあった時に「親だけは絶対に味方だ」という確信があれば、子供は最悪の道には進まない。 そう信じて、とにかく「安心感」を言葉にして伝えました。
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3. 回転寿司屋での「生きた授業」
言葉で教えるよりも、現実を見せたほうが早いこともあります。 ある日、家族みんなで回転寿司に行った時のことです。
近くの席で、店員さんのミスに対してものすごい剣幕で怒鳴り散らしている中年の男性がいました。 店内に響き渡る怒声。 小学生だった娘が「なんか怖い……」と怯えて話しかけてきました。
僕は普通に、はっきりと子供たちに言いました。 「何があったかは分からんけど、店員さんっていう『反撃できない弱い立場の人』に、頭ごなしにああいう態度を取るのはダメやんね」
そして、その男性の背中を見て言いました。 「見て? あの人、一人でお寿司食べ来てるやろ? ……そうやから、お友達居ないんかもしれんね」
「ああいうのに関わったらアカンよ」 弱い人に強く当たる人は、結局誰からも大事にされず、孤独になる。 私が100回説教するより、その方の態度を見せた方が、子供たちには強烈な教訓になったようでした。

4. 与えたものは、必ず返ってくる
「優しい友達がほしいなら、自分が優しい人にならんと無理やで」 「大事にされたいなら、相手を大事にしなさい」
僕が10年間言い続けてきたのは、結局この「因果応報」の話だけです。 人間だから清廉潔白じゃなくていい。 ただ、人を傷つけたら、巡り巡って自分も誰かから傷つけられる。
勉強ができるかどうかよりも、この「愛されるためのルール」を身につけておくことの方が、生きていく上ではよっぽど大切だと思っています。
勇気なんて、そんな大げさなものじゃなくていいんです。 ただ『知ってみる』。それだけのことで、明日の景色が少しだけ変わるかもしれません。 10年前の私が、そうだったように。
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