はじめに:「再婚なんて面倒くさい」と思っていた10年前
「今さら再婚なんて面倒くさい」 「子供と俺、この生活リズムが一番気楽でいい」
10年前、まだ40歳手前だった僕は、シングルファザーとして子育てに必死でした。 仕事と家事に追われる毎日。そこに「新しいパートナー」を入れるなんて、リスクと面倒が増えるだけだと思っていました。
「誰にも気を使わず、子供と自分だけで完結する生活」 当時はそれを「自由」だと呼び、再婚しないことを正当化していたんです。
でも、49歳になった今。 その考えは、単なる「強がり」だったと気づいてしまいました。
この記事では、シンパパとして「一生独身でいい」と腹を括っていた私が、なぜ49歳で再婚を選んだのか。 そして、実際に再婚して感じた「コンビニ弁当と明石の魚」の違いについて、嘘偽りない本音をお話しします。
「このままでいい」の先に待っていた孤独
10年前、僕は必死でした。 子供のために働き、飯を作る。そこに「妻」という他人が入ってくる煩わしさを考えれば、一人のほうがマシだと本気で思っていました。
でも、子供はいつか親の手を離れます。 ふと気づけば49歳。
もしあのまま再婚していなければ、今の僕はどうなっていたか。 週末の夜、静まり返ったリビングで一人、コンビニ弁当を食べていたでしょう。 それを「気楽でいい」と言い聞かせながら、心のどこかで冷たい風が吹くのを感じていたはずです。
かつて守ろうとした「自由」の正体は、時が経てば「ただの孤独」に変わるものでした。
明石で魚を食べて気づいた「話し相手がいる贅沢」
現在、僕の横には妻がいます。 再婚して生活がどう変わったか。
劇的な恋愛ごっこなんてありません。お互い落ち着いた年齢です。 週末になれば、二人で電車に乗ってふらっと明石まで出かける。 昼間から、新鮮な魚をつついて酒を飲む。
僕が「これ、美味いな」と呟く。 妻が箸を止めて「ほんまやね、美味しいね」と返す。
たったそれだけのことです。
でも、一人でテレビを見ながら食べるコンビニ弁当と、隣に誰かがいて「美味い」と言い合える魚。 胃袋に入れば同じ栄養かもしれませんが、心の満たされ方はまるで別物でした。
シンパパとして肩肘張って生きてきた時間が長かった分、この「何気ない共有」が、涙が出るほど贅沢に感じるのです。

40代・50代の再婚に「母親役」は求めない
若い頃の結婚とは違います。 子供が大きくなった今の再婚相手に求めるのは、「新しい母親」としての役割でも、ときめきでもありませんでした。
「ただの話し相手がいること」
これにつきます。 投げた言葉を受け止めてくれる人が、物理的に隣にいる。 声を出せば、返事が返ってくる。
人生の後半戦において、それ以上の贅沢なんてないのかもしれません。 「面倒くさい」を乗り越えてでも手に入れる価値が、そこにはありました。
まとめ:まずは「話し相手」を探すところから
もしあなたが、10年前の僕のように「再婚なんて面倒だ」「子供がいるから無理だ」と殻に閉じこもっているなら。 いきなり結婚なんて考えなくていい。 ただ、「美味しいね」と言い合える「茶飲み友達」を探すくらいの感覚で、外の世界を見てみてはどうでしょうか。
コンビニ弁当の味が、少しだけ変わるかもしれませんよ。

勇気なんて、そんな大げさなものじゃなくていいんです。 ただ『知ってみる』。それだけのことで、明日の景色が少しだけ変わるかもしれません。 10年前の私が、そうだったように。
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